軍師官兵衛のドラマに明智光秀に本能寺の変を起こさせた信長の言葉はなんでしょう

軍師官兵衛のドラマに明智光秀に本能寺の変を起こさせた信長の言葉はなんでしょう
「日の本に王は二人もいらん」の信長意味が分かりません。
教えてください。
2014-07-22 13:37 コメント
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{ 賛成 }:

明智光秀に本能寺の変を起こさせた最大の理由は、「日の本に王は二人もいらん」という信長の言葉でした。つまり、天皇を廃して自分が王になろうという意思を示したということであり、光秀は「そればかりはなりませぬ」「なんと怖ろしい」などと言っていました。
 この前の場面で、公家の吉田兼和が信長に「関白・太政大臣・征夷大将軍のいずれかでもいいから受けてほしいと頼んだんやが、今日まで返答がない。信長様は何が不満なんや。帝は信長様の心をはかりかね、御気鬱が続いている」と光秀に言い、さらに光秀の領地が召し上げられるという噂が広がっていると言ったため、光秀が信長を夜中に訪ねるという展開になっていました。信長は召し上げではなく、国替えだと答え、さきほどの天皇排除の言葉につながっていました。
 やはり本能寺の変には朝廷が関与していたことをうかかがわせるような描き方ですが、関白・太政大臣・征夷大将軍という「三職推任」に関しては、桐野作人氏の「織田信長」(新人物往来社)には、「信長は推任を断ったと考えるのが妥当な見方だろう」と指摘されています。
 ドラマでは、「今日まで返答がない」と言っていましたが、桐野氏の同書には、三職推任の「勅使一行が安土に着いたのは5月4日で」、信長は「勅使との対面を2日間渋った」が、それは「前年、左大臣推任を断ってい」て、「三職推任も受ける気がなかった」ものの、「勅使の面目がつぶれてしまうことを信長は危惧して対面を避けようとした」からだとあり、「信長の朝廷への気遣いはもっと知られていいだろう」と記されています。 信長は6日に断ったのだろうと推測されています。
2014-07-22 13:40 コメント
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{ 賛成 }:

光秀が本能寺の変を起こした動機は?「日の本には、王は二人もいらん」
これが、決定的な引き鉄になった、という解釈。

光秀謀反の動機については、論争の的になっていて多くの説が唱えられていますが、怨恨説とならんで、これは重視されてきた説かもしれません。

一部の公家が光秀を焚きつけて、何をやらかすか分からない魔王信長を抹殺しようとする。

私の想像では、信長は天皇家を滅ぼすことは考えていなかったと思います。
「日本に王は一人でいい」
と言ったとしても、
「俺は日本から世界に向かって出て行く」
とも解釈できる。
2014-07-22 13:41 コメント

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